AIに任せる基準を「感情」で決めています。論理ではなく
「AIに仕事を取られる」と言われて、もう何ヶ月経つでしょうか。
ネットを見ていると、いろいろな声が飛び交っています。
「お風呂掃除をやってほしいから、早く仕事を奪ってよ」
「私の仕事、なくなるのかな。怖い」
歓迎と不安が同時にあって、なかなかの阿鼻叫喚です。
皆さんは、自分の仕事がAIに取られるかもしれないと思ったことはありますか。
ただ、僕はこの話に1つだけ違和感を持っています。
たまにXで見かけるのが、「自分は何もしないから、全部AIに任せる」という考え方です。
僕は、そこは違うと思っています。
というわけで今回は、少し強気にお話しします。
僕がAIに渡す基準は「話すこと以外」
先に結論を書きます。
人とリアルでコミュニケーションを取ること以外は、全部AIに任せていい。
僕はこの線引きで活動しています。
たとえばこの記事も、普段の文章も、チャットも。
短文は自分で書いていますが、長文になるとAIの力を借りています。
逆に、オフィスでセミナーをするときは、ほぼAIを通していません。
あの場では全力を出したいし、その時に思ったことをそのまま言いたいからです。
対面でAIをお伝えするときも同じです。
教える部分と、資料をその方に届ける部分は、全部自分でやっています。
それは僕自身がやりたいと決めていて、そこをAIに任せたいと思っていないからです。
議事録はAIに渡しています。楽しくないので
では、何を渡しているのか。
セッションのあとの議事録。
次回どうするかのやり取り。
内容をまとめる作業。
このあたりは、AIにやってもらっています。
理由はシンプルで、そこを自分でやっても、そこまで楽しくないからです。
その時間を他に回したほうが、僕もいいし、相手にとってもいい。
そう決めました。
……一個の決めつけですね。
でも、それはそれでいいと思っています。
僕自身が納得していて、クライアントさんも「それでいいですよ」と言ってくださっているのであれば、仮に第三者から見て違っていても、僕はいいと解釈しています。
全部が自動運転になった世界で、あなたは運転しますか
ここで少し、違う話をさせてください。
AIに任せる話でいうと、昔からあるのが自動運転です。
すべての車が自動で走る世の中になったとして。
車の運転が好きな人は、自分で運転するでしょうか。しないでしょうか。
おそらく、好きな人は自分で運転します。
AIに任せてもいいんです。
その間に掃除だってできます。
それでも、楽しいからやる。好きだからやる。
皆さんにも、これだけはAIに任せたくないと思うもの、ありませんか。
楽しくてしょうがないもの。
嬉しくてしょうがないもの。
人それぞれ、あるはずです。
だから僕の基準は、論理ではなく感情です
そういうわけで、僕の基準はとてもシンプルです。
AIだから論理的に、ではなく。感情で決めています。
やっていて楽しいと思うもの。
嬉しいと思うもの。
時間があっという間に溶けるもの。
ここは自分でやると決めています。
そして、いくつも出てきた場合はトップ3に絞ります。
僕の場合は、この3つでした。
- 話をすること(目の前の方にセッションをして、その人に思いを届けること)
- 学び続けること(AIにまとめてもらってもいいのですが、自分で見に行きたくなります。人の書いた文章を読んで「これは楽しい」と感じたいので)
- 決めること
3つ目だけ、少し性質が違います。
これは僕のルールというより、人が最終的にやらなければいけない、残される要素だと思っています。
決断すること。決めること。
この3つは自分でやると決めていて、その先は僕の相棒に任せると決めています。
ここから先は、僕には書けません
さて。
ここまで読んで、こう思った方がいるかもしれません。
「で、私は何を残せばいいのか」
……そうなんです。
そこは、僕には書けません。
あなたが何をしていて楽しいのか、何をしていると時間が溶けるのか。
そこは僕には分かりません。
ただ、皆さんの中にも「これは楽しい」「これは続けたい」という基準が、必ずあるはずです。
なので、ここから先はご自身でやってみてください。
今日の宿題は1つだけです。
「これは楽しい」「時間が溶ける」と思うことを、3つだけ書き出してみてください。
それが、あなたが残す仕事です。
そして、それ以外は相棒に任せていい。
一度考えてみていただけたら嬉しいです。
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