言語化の練習は何から始める?毎日の「ありがとう」に一言足すだけ
「言語化 練習」で検索して、ここにたどり着いたなら。
たぶん、本を買うほどでもないし、何から手をつければいいのか分からない、くらいの気持ちなんじゃないでしょうか。
僕がやっているのは、ノートも教材も使わない方法です。
毎日言っている「ありがとう」に、一言足すだけ。それだけです。
言語化の練習が続かないのは、教材から始めるからかもしれません
僕は今、お金の都合がつかず実家に戻っていまして、ご飯を作ってくれる家族に感謝です。
だから「ありがとう」は毎日言います。
でも、ある日ふと思いました。
この「ありがとう」、僕は何に対して言っているんだろう、と。
「ありがとう」は、何を受け取ったのかが抜けた言葉
感謝は、いきなり「ありがとう」が頭に浮かぶわけではありません。
何かをしてもらったから。何かを受け取ったと、自分が感じたから。そのあとに「ありがとう」が出てきます。
つまり頭の中には、必ず「受け取ったもの」があるはずなんです。
なのに僕は、そこをぜんぶすっ飛ばして、5文字にまとめて渡していました。
件名だけ送って、本文が空っぽのメールみたいなものです。
届いてはいる。でも、何の話なのかは伝わりません。
だから今は、一言だけ足すようにしています。
言い慣れないうちは、これがけっこう照れくさいです。それでも言っています。
感謝の言語化が、いちばん短いトレーニングになる理由
僕の思う言語化とは、頭の中にあるモヤモヤを自分の中で言葉にして、相手に伝わる形にすることです。
こう書くと分かりづらいですよね。シンプルにすると、思ったことを表現しよう。これが言語化だと認識をしています。
そして感謝は、この練習にとても向いています。素材がもう揃っているからです。
受け取ったものは、すでにあなたの中にあります。ゼロから絞り出す必要がありません。あとは「何を受け取ったか」に名前をつけるだけです。
- 「美味しいご飯を、ありがとう」
- 「時間を作ってくれて、ありがとう」
- 「大事な1時間を使って、来てくれてありがとう」
長い言葉はいりません。名詞をひとつ置くだけで、もう伝わります。
しかも、やるたびに相手が喜んでくれます。こんなに条件のいい練習は、そう多くないと思っています。
もらう側に回ると、一言の重さが分かります
僕は定期的に、角煮と餃子を買って実家に置いています。両親が好きだと言っていたので、それだけの理由です。
渡すと「いつもありがとね」と言ってもらえます。これが、けっこう嬉しいものです。
そして思いました。ここに「今月も美味しく食べられるね」の一言があったら、僕はもっと嬉しいだろうな、と。
ちゃんと届いていた、と分かるからだと思います。
言う側にいたときは、一言の重さをそこまで考えていませんでした。もらう側に回って、やっと少し分かった気がします。
見当違いだったら気まずい?たぶん大丈夫です
想像してみてください。
あなたがご飯を作る側だとして、いつも「ありがとう」だけの人が、ある日「ご飯美味しい、ありがとう」と言い出したら、どう思いますか。
……嬉しくないでしょうか。僕は嬉しいです。「あ、美味しかったんだ」と分かるからです。
もし「言わされているな」という反応が返ってきたら、その人はたぶんツンデレです。
前の職場にも、褒めると照れて消えていく人が8人中3人いました。今思えば、あれもきっと嬉しかったのだと信じています。
今晩からできる、最初の1回
次に「ありがとう」と言う直前に、心の中で一度だけ聞いてみてください。
「僕は今、何に対して感謝した?」
浮かんだものを、そのまま一言足すだけでいいです。きれいな言葉でなくて大丈夫です。
僕の場合は、これです。
この記事もそうで、あなたは自分の勉強にも、稼ぎにも使えたはずの時間を、ここに使ってくれています。
その時間を受け取ったので、僕からもちゃんと言葉にしておきます。
ここまで読んでくれて、ありがとうございました。
良い言語化ライフを。
← 記事一覧にもどる